感情をコントロールできないことによる代価

このサイトのコンテンツの一つとして「自分の人生を生きる」をテーマとして作ろうと思っているものがあります。そこで書く内容は様々な角度から人生というものを紐解こうと考えていますが、ここで記されている記事もその内容の一つです。

今日お話する内容は、「感情をコントロールするべし」とよく本などにも書かれていると思うのですが、なぜコントロールしなければいけないのかということを自分なりに噛み砕いて説明したいと思います。

1.感情の分類

感情にはみなさんも知っていると思いますが、大きく分けると2種類あります。良い方向に作用する感情と悪い方向に作用する感情です。ここでいう良いとか悪いはあくまでも自分にとってどのように作用されるのかを考えた時のものです。実はこの2つの分類はどちらも不要とか必要とかいうものではないと思っています。両方共必要だと思っているのです。ただ、その分類のコントロールの仕方を覚えるだけで人生にとっても益になるのではないかというのがここでの主張となります。

では、代表的な感情を2つの分類に分けてみようと思います。

<悪い方向に作用する感情>

・怒り

・恨み

・強すぎる不安

・強すぎる欲望

・強すぎる恐怖

<良い方向に作用する感情>

・喜び

・感謝

・程よい不安

・程よい欲望

・程よい恐怖

2.感情の対応法(提案)

これから見てわかるように、この2つの中でも更に2つの分類に分けることができると思います。両方に属するものと片方に属するものです。両方に属するものはすぎると問題が出るのですが、程よくあれば良い方向に向かうことが多い感情もあるのです。例えば、不安という要素も強すぎると動けなくなりますが、ほどよければその不安の原因を探り、対策を取ることができるのです。このように2つに属するものはうまく使えばとても良くなります。これには、今まで学んできたことが生かされます。自分が不安に思っているかどうかを認識して、それに正しい対応が取れれば、問題になることは多くありません。

片方にしか属していない感情については、良い方向に作用する感情を強くすることとできるだけ多くの時間を良い方向に作用する感情を持つようにすることが重要です。と同時に悪い方向に作用する感情は弱く、できるだけ短い時間で終わらせるようにする努力が必要です。しかし、これがなかなか難しいということは自分もよくわかっていますし、みなさんも同じ思いだと思います。

これを訓練してできるようになると人生が大きく良い方向に向かっていくと思います。

感情をコントロールすることはかなり大変だとは思いますが、自分の人生を生きる上では非常に重要な要素の一つとなります。なぜかといえば、感情によって自分が支配されてしまえば、思いとか体とかもそちらに引っ張られてしまい、自分の人生を生きるというには程遠い状態になるからです。

 

お金の価値とは何か?

お金の価値とは何かをよく考える。なぜかといえば、自分の人生を生きる上で避けては通れない問題だからだ。なぜ自分の人生を生きるときにこのことが問題になるのかはいずれこのサイトのコンテンツの中で触れることになると思うが、今日はそれとは別にお金について考えていることを書いてみたい。

1.お金って本当は何か?

お金は生活するのに必要なものだと感じるし、お金を貰えるととてもうれしく感じる。それってどうしてだろうか?本当に生活するのにお金は必要なのか?なぜお金を貰えると嬉しくなるのだろうか?

実は、生活するのにお金はそんなに重要ではないことをある本から学んだ。その本はジェームス・スキナーさんが書かれた「お金の科学」という本からだと思う。(もしかしたら、おまけでついてきた動画だったかもしれない。)

詳しくはこの本を手にとって読んでもらいたいが、そこでは実はお金とは単なるものでしかないと書かれている。お金がなくても生活している人はいるとも書かれている。実はこれは、いろいろなところで書かれている内容のことだ。つまり、自分を売り込むこと、自分を顧客の懐に潜り込ませることでお金を得ずに生活することができる。はたまたお金を手に入れることができる。つまり、お金とはそのようなものであるということである。生活するための一つの手段ではあるが、マストではないのだ。

では、なぜお金というものがあるのかといえば、価値を標準化してその取引をしやすいようにしたものがお金である。簡単にいえば、物々交換の延長でそれがルール化されたに過ぎない。であれば、価値を提供した時にお金をもらうのかものをもらうのかが変わるだけで、生活自体に困るわけではない。大事なことはお金ではなく、自分が何を提供できるかということと報酬として何を受け取るかということである。

このことからお金とは価値と等価である。

2.お金には2種類あることを知っているだろうか?

さて、お金には2種類あることをご存知だろうか?1つは、止まっているお金。1つは動いているお金。経済は動いているお金で回っている。しかし、個人が得たお金は手に入れた時点では止まっているお金である。

止まっているお金の代表的なものに、給与などで得たお金や宝くじで得たお金などがある。これは入ってくるはくるが、それから何も生み出さないものである。動いているお金の代表的なものに投資がある。株なりに投資すればそれがお金を生み出すし、FXなどでお金をふくらませることができる。

これを理解していないと宝くじ等で大きなお金を得るとどうしても大きな気持ちになり無計画にお金を使ってしまうことになる。すると止まっているために、それ以上そこからお金が生じることがないので、必然的にお金がなくなっていくということになる。

3.本当のお金持ちとはどういう人たちを指すのか

物質的なことだけでいえばお金持ちといえば、お金を持っている人ということができるかもしれないが、ここで言いたいことはそうではない。

どのような状況からでもお金を生み出せる人。また、お金をうまく使ってお金を増やすことができる人。お金の本質を理解して、お金を得ることができる。それがお金持ちなのではないかと思う。

さらに言えば、お金を価値であると理解しているのであれば、自分が価値を提供できる人を大事にするという意味でお金ではなく人とのつながりを大事にする人それが本当のお金持ちなのではないだろうか。お金などなくても周りに助けてくれる人が多くいればその人は生活できなくなることはないだろう。究極を言えばどんな状況でも生きていくことができる人がお金持ちなのではないだろうか。

あなたはどのように感じますか?

感謝するということ

感謝するということはとても大事なことです。

感謝をすることで人生が良い方向に進み始めるのです。しかし、感謝するということはなかなか難しいものですね。そこで、今日は感謝することはなぜ大事なのかということを書いてみたいと思います。

1.感謝のない生活をするとどうなるのか

まず、感謝のない生活をイメージしてみたいと思います。感謝がない生活を送ると常に不満が出ますし、不平も出ます。あの人ばっかいいなとか、やって当たり前なのにやってやった感が半端ないなど、出てくる言葉も感謝とは対照的にマイナスイメージのものが出てきます。想像するだけでもストレスが溜まりそうです。心だけでなく体にも影響が出てきそうですね。

このような人のそばで生活するとなかなか息苦しくなりますね。少なくとも僕は息苦しくなり一緒にいることは難しくなります。

必然的にそのようなことを聞ける人がそばにいることになるわけですが、大抵の場合、そばの人もマイナスイメージの言葉を吐くことが多いような気がします。あくまでもそのような気がするだけですが…

類は友を呼ぶということはこのようなことではないかと最近思うのです。このような状態になると負のスパイラルに入っていくような気がします。

2.感謝のある生活をするとどうなるのか

逆に感謝がある生活をイメージしてみます。そのような人は常に日常のことが当然ではなくとても有り難いことであると思って生活するのではないでしょうか?このような生活ができるのは本当にありがたいと。

たとえ相手に何をされたとしてもその人の事情もあるだろうからと不満は少ないような気がします。逆にこちらが相手に対して無礼なことしていないかと帰任したりしないかなと考えます。これもなんとなく僕のイメージですけど…

そこにあるのは、どちらかというとプラスのイメージです。そんなに居づらくはないですよね。生活をともにするのであれば、このような人のほうが生活しやすいですし、きっとこのような人のようになっていけるような気がする。

そして周りには感謝できる人が多くなっていくような気がするのです。

3.まとめ

感謝するということはかなり生活に大きな影響を与えるような気がするのです。その日その日ではそんなに大きく変わらないかもしれませんし、変わっていると感じないかもしれません。しかし、長期的に見た場合においてはかなり大きく変わってくると思います。

ぜひ、みなさんも感謝をすることを意識してみてください。

 

 

僕が伝えたいテーマの一つ

僕には伝えたいテーマがあります。

今日はそのお話をしたいと思います。

<技術に溺れた若い時>

僕は大学卒業後、IT業界に就職しました。何故かといえば、就職氷河期でなかなか行こうと思ったところ(電機メーカーとか工場系を狙っていました。)に就職できず、流れ着いたところがIT業界だったわけです。個人的にITに関しては好きでしたし、趣味で続けようと思っていたものが、本業になった感じです。昔からパソコンを触るのは好きでしたし、もろ映画やテレビの影響もあり、30歳位まで技術で職人のように生きていこうと思って頑張っていました。仕事しては家に帰ってその当時使っていたPC-UNIXのOSのインストールや構成変更などを日々行っていました。感覚的には仕事も家も常に環境を作ったりなんだかものを作ったり、ソースが公開されたと聞けばダウンロードして読んでみたりと行った感じだったのです。

<チームで働くことから人というものに興味を持つ>

そうこうするうちに会社から部下がつけられました。初めてチームというものを意識した時でした。そう、チームをまとめたり、人を見るということはより人間的になってくるのです。今までは機械と向き合い、一人で突き詰めていけば良い物が、チームで成果を上げる必要が出てくるとなるとそうも行かなくなります。そして、部下のことを考えるようになったのです。今も似ているのかもしれませんが、僕がいた会社は派遣が主な業態でしたので、近くにいることができず、1ヶ月に一回のミーティングで状況を確認し、将来どうなりたいかを話をすることを繰り返しました。

チームをまとめるために今までと違うスキルが必要になりますから、それなりに勉強します。そして、社長に提案したりするのですが、やはり机上の空論と言われてしまいます。その時はむっとした覚えがありますが、今から考えれば確かにそうかもと思うところも多々あります。

僕はそのまま人に焦点を当てて学びを続けることになります。

<インプットをアウトプットに変えることの必要性>

そして、今に至るわけですが、学びを続けるうちに自分で活用することできないことなどありました。そして学んでいくうちにその学びはなぜ必要なのかということを考えるようになりました。

自己啓発の本などにはインプットしたものはアウトプットしなければいけないとか言われますし、教えることが一番自分の理解に役立つとか言いますよね。

ここが僕が伝えたいと思った原点です。そして僕が何を伝えたいかというといろいろあるのですが、ここでは、1つに絞ってみます。

「自分の人生を生きる」

僕自身のテーマです。これを伝えてみたいと思っているのです。

これは、ひとつのコンテンツに過ぎませんし、そんなにゴリ押しをするつもりもありません。ただ、ひとつの考え方としてこんなものもあるのだと知っていただけたらそれでいいのです。そして、ある時ふと思い起こして、より良い人生を生きるための考え方の一つとして貰えたらそんな嬉しいことはありません。

そんな思いでこのサイトを作っていこうと思います。

(まだ作り途中ですからあまり風呂敷を広げるのは危険かもしれませんが。。。)